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7月3日の記念日

津田梅子がお札になった日

津田梅子がお札になった日(7月3日)は、学校法人津田塾大学が制定した記念日。女子英学塾を創設した津田梅子が、2024年のこの日に発行された五千円札の顔となったことにちなむ。日本の女子高等教育に生涯を捧げた津田の功績を、あらためて称えることが目的。

図書館の机に置かれた「津田梅子」の本と手元

要点

日付
毎年 7月3日
制定者
学校法人津田塾大学
認定
日本記念日協会

この日の暦(2026年)

  • 二十四節気 夏至の期間 (6月21日〜7月6日)
  • 和風月名 文月 (ふみづき・ふづき)

五千円札が発行された日に由来

「津田梅子がお札になった日」は、学校法人津田塾大学が制定した記念日です。日本記念日協会にも認定されています。

日本記念日協会の説明によると、津田梅子は日本初の女子留学生の一人でした。女性の高等教育に生涯力を尽くし、日本の女子高等教育の先駆者として女子英学塾を創設しています。この学校が、現在の津田塾大学です。

2024年7月3日に発行された五千円札で、津田梅子は肖像に選ばれ、「紙幣の顔」になりました。これを機に、あらためてその功績をたたえることが記念日の目的です。日付は、この五千円札が発行された7月3日に由来します。

6歳で海を渡った最年少の留学生

津田塾大学の「津田塾の歴史」によると、1871年(明治4年)12月、欧米を視察する岩倉使節団の一行が横浜を出港しました。その中に、北海道開拓使が募集した日本最初の女子留学生5人がいました。最年少が、満6歳の津田梅子です。

一行を乗せたアメリカ丸は、1872年1月にサンフランシスコへ着きます。梅子はワシントン近郊のジョージタウンに住むランマン夫妻に預けられ、現地で初等・中等教育を受けて育ちました。そして11年後の1882年11月、帰国の途につきました。

帰国した梅子は、日本の女性が置かれていた状況に驚き、その地位を高めたいと考えるようになります。伊藤博文の勧めで華族女学校で教えながら、自分の学校をつくる夢を持ち続けました。1889年には再びアメリカへ渡り、ブリンマー大学で生物学を学んでいます。在学中には、トーマス・ハント・モーガンとの共同研究で、カエルの卵の発生についての論文を書きました。自分のあとに続く日本女性のために、留学の奨学金の制度もつくっています。

10人で始まった女子英学塾

1900年(明治33年)、梅子は女子英学塾を開きました。開校式で梅子が語ったのは、真の教育には教師の熱心さと学生の研究心が大切だということ、一人ひとりの個性に合わせるには少人数の教育が望ましいこと、そして女性は人間として「all-round」でなければならないということでした。

最初の入学者は10人で、東京のほか横浜、広島、群馬、鹿児島などから集まりました。ともに留学した大山捨松と瓜生繁子、捨松のアメリカ時代のホストシスターだったアリス・ベーコンが、開校を支えています。1903年4月の第1回卒業式で巣立ったのは、本科2名と撰科6名の計8名でした。

1923年の関東大震災では、地震のあとの火災で五番町の校舎が全焼します。それでも、塾で教えていたアナ・C・ハーツホンがアメリカで募金を集め、1924年1月には最初の仮校舎ができました。梅子が亡くなったのは1929年(昭和4年)8月16日で、享年64でした。

藤の花を裏に描いた新しい五千円札

財務省が新しい日本銀行券の図柄を発表したのは、2019年4月9日です。財務省は津田梅子を、1871年に岩倉使節団に随行した最初の女子留学生の一人で、1900年に女子英学塾(現在の津田塾大学)を創立するなど、近代的な女子高等教育に力を尽くした人物と紹介しています。

新しい五千円札の裏面には、フジ(藤)の花が描かれています。古事記や万葉集にも登場し、古くから日本で親しまれてきた花です。日本銀行によると、それまでの五千円札は2004年11月1日に発行が始まったもので、表は樋口一葉、裏は尾形光琳の「燕子花図」でした。新しい五千円札の大きさは縦76mm、横156mmで、それまでの五千円札と変わりません。

紙幣の肖像に選ばれるということ

紙幣の肖像には、日本の歴史や文化に大きな役割を果たした人物が選ばれます。紙幣は毎日たくさんの人の手から手へと渡っていくので、肖像になった人物の名前や顔が広く知られるきっかけにもなります。

女性が学ぶ機会の限られていた時代に、津田梅子は女性が高い水準の教育を受けられる場をつくりました。そんな人物が五千円札の顔になったことで、女子教育の歩みに関心を向ける人も増えると考えられます。

手元の五千円札で肖像を確かめる

財布に五千円札があれば、取り出して肖像をじっくり見てみましょう。そのうえで、津田梅子の生涯や女子英学塾の成り立ちを、津田塾大学の公式サイトや図書館の伝記でたどってみてください。

よくある質問

Q&A

津田梅子がお札になった日はいつ?

7月3日です。2024年に新しい五千円札が発行されました。

新しい五千円札の裏の図柄は?

フジ(藤)の花です。

津田梅子が創設した学校は?

1900年創設の女子英学塾で、現在の津田塾大学です。

出典

SOURCES
  1. 日本記念日協会「津田梅子がお札になった日」 https://www.kinenbi.gr.jp/yurai.php?TYPE=ofi&MD=3&NM=3536
  2. 津田塾大学「津田塾の歴史」 https://www.tsuda.ac.jp/aboutus/history/
  3. 財務省「新しい日本銀行券及び五百円貨幣を発行します」(2019年4月9日) https://www.mof.go.jp/policy/currency/bill/20190409.html
  4. 日本銀行「現在発行されている銀行券・貨幣」 https://www.boj.or.jp/note_tfjgs/note/valid/issue.htm

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  • 文例 1

    7月3日は #津田梅子がお札になった日 。2024年のこの日、津田梅子を肖像とする新しい五千円札が発行されました。1900年に女子英学塾(いまの津田塾大学)を開いた人です💴 #今日は何の日

  • 文例 2

    きょう7月3日は津田梅子がお札になった日。1871年、梅子は岩倉使節団とともに満6歳でアメリカへ渡りました。日本最初の女子留学生5人のうち、最年少でした💴 #今日は何の日 #津田梅子がお札になった日

  • 文例 3

    7月3日は #津田梅子がお札になった日 。[店舗・施設名]では、[企画・展示名]を行っています。お手元の五千円札の肖像と、裏面の藤の花もあわせてご覧ください💴 #今日は何の日

SAME DAY 7月3日は、こんな日でもあります