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3月29日の記念日

八百屋お七の日

八百屋お七の日(3月29日)は、天和3年3月29日(1683年)に八百屋お七が放火の罪で処刑されたと伝えられることにちなむ日。井原西鶴の「好色五人女」などで広く知られる。

春野菜が木箱に並ぶ八百屋の店先

要点

日付
毎年 3月29日

この日の暦(2026年)

  • 二十四節気 春分の期間 (3月20日〜4月4日)
  • 和風月名 弥生 (やよい)

処刑の日と伝わる3月29日

3月29日は、八百屋お七にちなむ日です。記念日として定めた人や団体、制定された年はわかっていません。

日付の由来は、この日がお七の処刑された日と伝えられていることです。罪は放火で、時期は江戸時代の天和3年(1683年)とされています。

消防の目で見たお七火事

東京消防庁が紹介する「消防雑学事典」によると、お七火事とされる火事には、天和2年(1682年)1月27日の火事、同じ年の12月28日の火事、天和3年(1683年)3月2日の火事という説があり、はっきりしていません。事典は、藤口透吾の説にそって、天和2年1月の火事をお七火事として話を進めています。日付は当時の暦(旧暦)によるものです。

それによると、天和元年(1681年)2月の大火で焼け出された八百屋太郎兵衛の一家は、駒込の円乗寺の前に仮小屋を建てて住み、娘のお七は寺小姓の左兵衛と忍ぶ仲になりました(寺小姓の名や、焼け出された火事の日付には、資料によって別の説もあります)。新しい家ができて仮住まいを引き払うと、お七は、もう一度家が火事になれば円乗寺に行けるという、ならず者の吉三郎のそそのかしにのり、自分の家に火をつけてしまいます。

この放火が江戸の中心部を焼く大火のもとになったという説もありますが、事典は、実際は近所の人がすぐに消し止め、ぼやで済んだというのが真実のようだとしています。それでも、当時は延宝6年の「失火者斬罪令」があり、放火の罪は引き回しのうえ死刑とされていました。お七は天和3年3月29日、鈴ヶ森で火あぶりの刑に処されています。17歳でした。

その後、左兵衛は出家して修行を重ね、目黒に西運堂を建てて西運と名を改めたと伝えられています。お七の墓は、東京都文京区白山の円乗寺にあります。

物語として語り継がれたお七

八百屋お七の名は、井原西鶴の「好色五人女」などの作品を通じて広まりました。放火の罪で処刑されたと伝わる話が文学として描かれたことで、多くの人に知られるようになったといえます。

お七の話は火事と深く結びついているため、防火の話題で取り上げられることもあります。東京消防庁も「ぼやで身を焼く八百屋お七」という題で、お七の話を紹介しています。江戸時代に語られた話が、いまの防火の呼びかけにも使われているわけです。

家の火の元を確かめる

お七の話にちなんで、この日は家の中の火の元を見直してみてください。コンロのまわりや暖房器具の近くに、燃えやすい物を置いていないかを確かめます。住宅用火災警報器があれば、点検用のボタンを押して、音が鳴るかを確認します。

よくある質問

Q&A

八百屋お七の日はいつ?

3月29日です。お七が処刑されたと伝わる日です。

お七の放火で大火になった?

近所の人がすぐ消し止め、ぼやで済んだとする見方があります。

お七火事はいつ?

天和2年1月27日など諸説あり、はっきりしていません。

出典

SOURCES
  1. 東京消防庁「ぼやで身を焼く八百屋お七」 https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/learning/elib/qa/qa_31.html
  1. Wikipedia「八百屋お七」 https://ja.wikipedia.org/wiki/八百屋お七

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  • 文例 1

    3月29日は #八百屋お七の日 。恋しい寺小姓に会いたい一心で自宅に火をつけた八百屋の娘お七が、江戸時代の天和3年3月29日に処刑されたと伝わります🧯 #今日は何の日

  • 文例 2

    きょう3月29日は八百屋お七の日。東京消防庁の消防雑学事典は、お七の放火は近所の人がすぐに消し止め、ぼやで済んだと紹介しています🧯 #今日は何の日 #八百屋お七の日

  • 文例 3

    3月29日は #八百屋お七の日 。火の元の点検をあらためて[防火の呼びかけ]🧯 #今日は何の日

SAME DAY 3月29日は、こんな日でもあります