要点
- 日付
- 毎年 1月12日
- 制定者
- 全日本スキー連盟など6団体
- 制定年
- 2002年
この日の暦(2026年)
スキーの日の由来
スキーの日は、2002年(平成14年)の秋に、スキーに関わる6つの団体が制定しました。全日本スキー連盟、日本職業スキー教師協会、日本鋼索交通協会、全国スキー安全対策協議会、日本スポーツ用品工業協会、日本スポーツ用品輸入協会です(団体名は日本鋼索交通協会の説明による当時のもの)。1月12日という日付は、日本でスキーが本格的に教えられ始めた日にちなんでいます。
1911年のこの日、オーストリアのレルヒ少佐が新潟県の高田で、日本人にスキーの指導を行いました。日本のスキーの歴史を語るうえで、ひとつの出発点とされる出来事です。その日付が、そのまま記念日の日付になっています。
上越市の子ども向けの資料も、この日は全日本スキー連盟をはじめとする関係団体が「スキーの日」と定めたと説明しています。
高田の連隊で始まったスキー指導
上越市立歴史博物館の紀要によると、明治44年(1911年)1月12日の指導は、陸軍第十三師団の歩兵第五十八連隊(現在の上越市高田)で行われました。教えたのは、オーストリア・ハンガリー帝国のテオドール・エドラー・フォン・レルヒ少佐。教わったのは、五十八連隊の14名の将校たちです。
レルヒは日本陸軍を視察するために来日し、明治44年1月5日から翌年の1月24日まで、1年あまり高田に滞在しました。上越市の子ども向けの資料によると、各国から来た視察の軍人の多くは、大都市や外国との交流が盛んな太平洋側を希望しました。そのなかでレルヒが雪の多い上越と旭川に行くことになったのは、レルヒ自身の希望があったためです。スキーに特別な情熱をもっていたレルヒは、2組のスキーを持って高田にやってきました。受け入れた第十三師団の師団長、長岡外史も、ヨーロッパの視察でスキーを知り、国民の冬のスポーツとして導入することが大切だと考えていた人物でした。
最初の指導の場所は、「大日本スキー発祥之地」の記念碑が建つ金谷山ではありません。同じ資料によると、歩兵第58連隊の施設内、今の上越市立城西中学校の校庭でした。金谷山は、その後の指導の中心になった場所です。
1本の杖で滑ったスキー
レルヒが伝えたスキーは、いまのように2本のストックを使うものではありませんでした。1本の杖を使う「リリエンフェルト式スキー術」で、オーストリア式スキー術、一本杖スキー術とも呼ばれます。レルヒの師、マティアス・ツダルスキーが、オーストリアのリリエンフェルト市で完成させたものです。
当時、世界のスキーはノルウェー式が主流でした。平らなところを歩くには向いていましたが、足を板に固定する締め具が簡単なつくりで、急な斜面ではうまく滑れません。そこでツダルスキーは、急な斜面でも安全に滑れるよう工夫しました。締め具をしっかりさせて、激しく動いても靴が板から外れないようにしたこと、板をノルウェー式より短くしたこと、長い杖1本でバランスをとることが特徴です。
レルヒが伝えた「一本杖スキー術」と「日本スキー関係資料」は、2021年に上越市の文化財に指定されています。
高田から全国へ広がったスキー
スキーは、軍人だけのものにとどまりませんでした。上越市の資料によると、レルヒが来たその冬のうちに、現在の全日本スキー連盟のもとになる高田スキー倶楽部が結成されます。スキー板の生産が始まり、スキー民謡などの歌や、スキーせんべい、スキーあめ、スキーようかんといった土産品も作られました。長岡師団長は、女性がスキーをすれば国民にもっと広まると考え、自分や将校の家族にもスキーの練習をさせています。
1912年(明治45年)1月21日には、金谷山の近くで日本初のスキー競技会が開かれました。レルヒが旭川へ移る3日前のことです。レルヒをはじめ50人あまりが出場し、長岡師団長をはじめ300人の観客と多くの市民が応援に駆けつけました。競技会の様子は活動写真で全国に紹介され、上越が日本スキー発祥の地として知られるきっかけになりました。
金谷山には、昭和5年(1930年)に建てられた「大日本スキー発祥之地」の記念碑と、昭和36年(1961年)に建てられたレルヒ像があります。新潟県の観光案内によると、日本スキー発祥80周年を記念した日本スキー発祥記念館も、平成4年(1992年)4月に開館しました。
スキーとはどんなスポーツか
スキーは、細長い板を両足に着けて、雪の上を滑って移動するスポーツです。もともとは雪の多い地域で移動手段として使われてきたもので、現在はレジャーや競技として広く親しまれています。
代表的な楽しみ方のひとつが、ゲレンデの斜面を滑り降りるアルペンスキーです。多くのスキー場では、リフトやゴンドラで上まで登ってから、コースを選んで滑ります。一方、平地や起伏のある雪原を行くのがクロスカントリースキー。長い距離を歩くように進むのが特徴です。
道具は、スキー板、ブーツ、ビンディング、ストックが基本です。ビンディングは、ブーツを板に固定する金具のこと。寒さや転倒に備えて、ウェアやグローブ、ゴーグル、ヘルメットなども身に着けます。初めて滑る人は、スキー場のスクールで基本の動きを教わることもできます。
道具を点検して、雪の季節に備える
1月12日は、スキーシーズンのただ中にあたります。押し入れにしまったスキー板やブーツを出して、傷みやゆるみがないか確かめてみてください。板の裏の滑走面やエッジの状態も見ておき、必要ならスポーツ用品店で手入れを頼めます。
よくある質問
Q&A スキーの日はいつ?
1月12日です。1911年に日本初の本格的なスキー指導が行われた日です。
日本に初めてスキーを教えたのは誰?
オーストリア・ハンガリー帝国の軍人、レルヒ少佐です。
日本で最初のスキー指導はどこで行われた?
高田の歩兵第58連隊の施設内、今の上越市立城西中学校の校庭です。
レルヒが伝えたスキーの特徴は?
1本の長い杖を使う「一本杖スキー術」でした。
出典
SOURCES- 日本鋼索交通協会「スキーの日について」(Web Archive) https://web.archive.org/web/20260101223357/https://www.nikokyo.or.jp/pages/26/
- 上越市「日本スキー発祥の地 ~上越市~」(日本スキー秘話) https://www.city.joetsu.niigata.jp/uploaded/attachment/278070.pdf
- 上越市立歴史博物館 年報・紀要(第1号)「日本スキー発祥の地 高田」 https://www.city.joetsu.niigata.jp/uploaded/attachment/196294.pdf
関連リンク
- にいがた観光ナビ「日本スキー発祥記念館」 https://niigata-kankou.or.jp/spot/8478
SNS 投稿文例
FOR YOUR POST企業・団体の SNS 担当者の方はご自由にお使いください。
- 文例 1
1月12日は #スキーの日 。1911年のこの日、レルヒ少佐が新潟県の高田で、日本で初めての本格的なスキー指導を行いました。伝えたのは、1本の長い杖を使う「一本杖スキー術」です⛷️ #今日は何の日
- 文例 2
レルヒが高田に来たその冬のうちにスキー倶楽部ができ、スキー板の生産が始まりました。のちにはスキーせんべいなどの土産品も作られたそうです。シーズンの前に、道具の点検をしておきませんか⛷️ #スキーの日 #今日は何の日
- 文例 3
1月12日は #スキーの日 。[実施する施策(スキー用品の点検サービスなど)]で、雪の季節を応援します⛷️ #今日は何の日
SAME DAY 1月12日は、こんな日でもあります
- 自然
桜島の日
桜島の日(1月12日)は、1914年1月12日に鹿児島県の桜島で大正大噴火が始まったことにちなむ日。この噴火で桜島は大隅半島と陸続きになった。
由来を読む → - 健康
いいにんじんの日
いいにんじんの日(1月12日)は、株式会社韓国人蔘公社ジャパンが定めた記念日。「いいにんじん」と読む語呂合わせに加え、2012年のこの日に同社の設立を祝う催しが開かれたことにも日付が由来する。栽培に手間のかかる高麗人参の健康効果を、広く知ってもらうことを目的としている。
由来を読む → -
育児の日
育児の日(毎月12日)は、兵庫県神戸市の株式会社神戸新聞社が制定した記念日。「育(1)児(2)」と読む語呂合わせに由来する。社会全体で子育てについて考え、地域ぐるみで支え合える環境づくりのきっかけとすることを目的としている。
由来を読む → - その他
いいねの日(エールを送る日)
いいねの日(1月12日)は、「いいねの日 企画室」が制定した記念日。日付は1と1と2を「い(1)い(1)ね(2)」と読む語呂合わせに由来する。SNSの「いいね」ボタンを積極的に押し合うことで、送る人ももらう人も心が温まる小さな幸せを増やそうという願いが込められている。
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