要点
- 日付
- 毎年 2月11日
- 制定者
- 森下仁丹
- 制定年
- 2008年
この日の暦(2026年)
創業日にちなんだ記念日
仁丹の日は、大阪に本社を置く森下仁丹が2008年に制定した記念日です。2月11日という日付は、同社が1893年に創業した日にあたります。
創業から12年後の1905年、同社は口中清涼剤「仁丹」を発売しました。日付は創業日、名前は同社を代表する商品からとられた記念日です。
日本記念日協会の説明によると、仁丹が発売されたのも1905年2月11日でした。創業と発売の二つの節目が、同じ日付に重なっています。同社の会社概要では、創業は1893年(明治26年)2月とされています。
台湾で見た丸薬から
森下仁丹の「銀粒仁丹ストーリー」によると、創業者の森下博が新しい薬の開発を思い立った背景には、明治半ばの日本の医療事情がありました。風邪や食あたりでも命を落とす人が多かった時代に、飲みやすく、持ち歩きや保存に便利な薬を作れないかと考えたのです。
ヒントになったのは、1895年(明治28年)に台湾へ渡った博が目にした、現地で常用されていた丸薬でした。帰国後、博は大阪の薬の問屋街、道修町に通って和漢の生薬を取り寄せ、薬学の専門家の助言も受けながら、3年をかけて処方を仕上げました。甘草(かんぞう)や桂皮(けいひ)、生姜(しょうきょう)、丁子(ちょうじ)など、十数種類の生薬を使ったといいます。
量産に向けて、博は1904年(明治37年)、丸薬づくりで知られた越中富山へ単身で出かけます。製丸の会社を何軒も見て回り、およそ1か月後に、最新の製丸機と腕のよい製丸士数名を連れて大阪へ戻りました。こうして道修町の店で本格的な製造が始まります。
赤大粒から銀粒へ
最初の仁丹は、粒の大きな赤い丸薬でした。持ち歩きやすく、保存がきくように、表面をベンガラで覆っていました。この「赤大粒仁丹」が、1905年(明治38年)2月11日に発売されます。
同社によると、発売後は特売や景品といった当時としては新しい売り方に加え、屋根看板やのぼり、新聞の全面広告などで知名度を広げ、発売から2年で当時の薬の売上高の首位になったといいます。
昭和に入ると、1927年に「赤小粒仁丹」、1929年に「銀粒仁丹」が登場しました。いま作られているのは、この銀粒仁丹です。生薬を細かく砕いて丸め、4日かけて乾かし、銀箔で覆います。1粒ができあがるまでに、およそ8日かかるとされています。同社は、粒を覆うこうした技術や生薬の研究が、のちのカプセルの技術にもつながったとしています。
口中清涼剤「仁丹」とは
口中清涼剤は、口の中をすっきりさせるための製品です。食後や人と会う前に口に含むのが一般的な使い方です。形も粒状のものだけでなく、ガムやタブレット、スプレーなどさまざまです。
「仁丹」は、銀色の小さな粒の口中清涼剤として知られています。小さな容器に入れて持ち歩けるので、外出先でも手軽に使えます。
容器の表示を読んでみる
仁丹の日には、手元にある口中清涼剤の容器や箱の表示を読んでみてください。ふだんは中身を口にするだけで、表示まではあまり見ないかもしれません。読むと、原材料や使い方、使用上の注意を確かめられます。商品の歩みについては、制定者の公式サイトで確認できます。
よくある質問
Q&A 仁丹の日はいつ?
2月11日です。創業日と仁丹の発売日にちなみます。
仁丹はいつ発売された?
1905年(明治38年)2月11日です。
最初の仁丹は何色だった?
赤い大粒の丸薬で、「赤大粒仁丹」と呼ばれました。
銀粒仁丹はいつから?
1929年からです。その前に赤小粒仁丹がありました。
出典
SOURCES- 日本記念日協会「仁丹の日」 https://www.kinenbi.gr.jp/yurai.php?TYPE=ofi&MD=3&NM=480
- 森下仁丹「銀粒仁丹ストーリー」 https://www.jintan.co.jp/special/history/
- 森下仁丹「会社概要」 https://www.jintan.co.jp/corp/profile/
SNS 投稿文例
FOR YOUR POST企業・団体の SNS 担当者の方はご自由にお使いください。
- 文例 1
2月11日は #仁丹の日 。1893年のこの日に創業した森下仁丹が、1905年の同じ日に「仁丹」を発売したことにちなむ記念日です。最初の仁丹は赤い大粒の丸薬でした🔴 #今日は何の日
- 文例 2
きょうは仁丹の日。赤大粒から始まった仁丹は、1927年に赤小粒、1929年に銀粒へと姿を変えたそうです。銀の粒になったのは昭和に入ってからでした✨ #今日は何の日 #仁丹の日
- 文例 3
2月11日は #仁丹の日 。[実施する施策]で、明治から続く商品の歴史を紹介します✨ #今日は何の日
SAME DAY 2月11日は、こんな日でもあります
- 文化
万歳三唱の日
万歳三唱の日(2月11日)は、1889年2月11日の大日本帝国憲法発布の祝典で、初めて「万歳三唱」が行われたことにちなむ日。
由来を読む → - 食
わんこそば記念日
わんこそば記念日(2月11日)は、わんこそば発祥の地とされる岩手県花巻市で開かれる「わんこそば全日本大会」の運営委員会が制定した記念日。1957年から続く同大会は、1980年より開催日を2月11日に固定した。制限時間内に食べたそばの数を競う大会を通じ、郷土の名物を広く伝えている。
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干支供養の日
干支供養の日(2月11日)は、干支の置物を手がける愛知県瀬戸市の株式会社中外陶園が制定した記念日。漢字の「土」が十と一からなることにちなみ、立春明け最初の「土の日」として11日を選んだ。一年間家を守ってくれた干支置物に感謝し、土に還す供養の機会とすることが目的。
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出雲そばの日
出雲そばの日(2月11日)は、島根県の出雲そば商組合と松江そば組合が結成した実行委員会が制定した記念日。1638年のこの日、信濃国松本藩主の松平直政が出雲国松江藩へ国替えとなり、随行したそば職人を通じて出雲地方にそばが伝わったとされることに由来する。出雲そばの魅力を全国へ広めることを目的としている。
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ダブルソフトの日
ダブルソフトの日(毎月11日)は、製パン大手の山崎製パン株式会社が制定した記念日。トーストしても耳までやわらかく食べやすい、ソフト食パンの代名詞的商品「ダブルソフト」の魅力を伝えるのが目的。真ん中で割ると数字の1が2つ並んだ形に見えることから、毎月11日を記念日とした。
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初午いなりの日
初午いなりの日(2月11日)は、一般社団法人全日本いなり寿司協会が制定した記念日。2月最初の午の日「初午」に稲荷神社で豊作を願う祭りが行われ、キツネの好物である油揚げを使ったいなり寿司を食べると福を招くとされることにちなむ。日付は初午に近い「建国記念の日」に合わせている。
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