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4月5日の記念日

ヘアカットの日

ヘアカットの日(4月5日)は、1872年4月5日に東京府が女性の断髪を禁止する布告を出したことに由来する記念日。当時は散髪が男性のものとされていた歴史を伝える。

日差しの入る理容室の椅子とハサミ、桜の枝

要点

日付
毎年 4月5日

この日の暦(2026年)

  • 二十四節気 清明の期間 (4月5日〜4月19日)
  • 和風月名 卯月 (うづき)

東京府の布告に由来する日

ヘアカットの日は4月5日です。1872年4月5日に東京府が出した布告にちなんでいます。この布告は、女性が髪を短く切ることを禁じるものでした。

当時、散髪は男性がするものと考えられていて、女性が髪を切ることは役所の取り締まりの対象だったのです。今では、髪をどう切るかは誰もが自由に決めています。ヘアカットの日は、それが当たり前ではなかった時代を思い起こさせてくれます。

国立公文書館によると、この布告は「女子断髪禁止令」(東京府達32号)と呼ばれるもので、女性はみだりに髪を切ってはいけないという内容でした。公文録には、東京府がこの府達の許可を太政官に求めた「婦人断髪ノ儀ニ付伺」という文書が残っています。そこには、男女の区別がはっきりしないような髪型を禁じるべきだという趣旨が書かれています。

前の年に出た散髪脱刀令

男性の断髪は、明治維新の直後から急速に進んでいました。明治4年(1871年)8月9日には、明治政府が太政官布告で「散髪脱刀令」を出しています。髷(まげ)を結わずに散髪してもよく、士族でも刀を差さなくてよいとするものです。江戸時代には身分ごとに決まっていた髪型や服装を、本人の自由に任せたわけです。

こうして男性の断髪や洋服姿は、文明開化のしるしになりました。その流れを受けて、男性に続いて髪を短くする女性も現れます。ところが、女性の断髪には世論が強く反発しました。「長い黒髪こそ女性らしい姿」という考え方が広く浸透していたためです。散髪脱刀令の翌年に女子断髪禁止令が出たのは、こうした背景があったからでした。

日本髪が姿を消していくまで

当時の女性が結っていた日本髪には、松やにと胡麻油の蝋に香料を混ぜた鬢付け油が使われていました。国立公文書館の紹介では、洗髪のたびに大量の油や汚れを落とすのに半日かかったそうです。

明治18年(1885年)には「婦人束髪会」が結成されます。こうした団体が、日本髪にかかるお金の負担や衛生面の心配を訴えたこともあり、日本髪はしだいに姿を消していきました。

ヘアカットとは

ヘアカットは、伸びた髪を切って長さや形を整えることです。理容室や美容室で専門の人に頼むほか、家で家族の髪を切る人もいます。

季節や仕事、その日の気分に合わせて、髪型は変えられます。短く切ればすっきりして、手入れも楽になります。長さを残したまま、毛先だけ整えることもできます。髪型は身だしなみであると同時に、その人らしさを表す手段のひとつにもなっています。

髪型を変えて、新年度の身支度を

4月5日は、新年度が始まって間もない時期です。伸びた髪を整えに理容室や美容室を予約して、季節に合った長さや形を相談してみましょう。

よくある質問

Q&A

ヘアカットの日はいつ?

4月5日です。明治5年に東京府が女子断髪禁止令を出した日です。

女子断髪禁止令とは?

東京府が女性がみだりに髪を切ることを禁じた府達32号です。

散髪脱刀令はいつ出た?

明治4年(1871年)8月9日に太政官布告として出されました。

出典

SOURCES
  1. 国立公文書館ニュース「あの日の公文書」 https://www.archives.go.jp/naj_news/13/anohi.html

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  • 文例 1

    4月5日は #ヘアカットの日 。明治5年のこの日、東京府が女性はみだりに髪を切ってはいけないという「女子断髪禁止令」を出したことにちなみます✂️ #今日は何の日

  • 文例 2

    前の年の散髪脱刀令で男性の断髪は自由になったのに、男性に続いて髪を切った女性には世論が猛反発。そうして出たのが女子断髪禁止令でした。髪型を選べるいまとの違いを感じる日です✂️ #ヘアカットの日 #今日は何の日

  • 文例 3

    4月5日は #ヘアカットの日 。新年度の身だしなみを整えるきっかけに。当店では[実施する施策]をご用意しています✂️ #今日は何の日

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